top of page

art exhibition ROOTS HOTEL GRAPHY 10th Anniversary event

2023年 4月15日 - 4月16日

どこでもないどこか(ベッドのシワとカベのキズ)

写真、インクジェットプリント、木、インスタレーション
2023年

根津、東京

撮影 戸田尚克

文:兼川 涼

 301号室に入るとすぐに、ベッド上方の空間へ斜めに差し込むように吊るされた、木枠に貼られた布が目に入るだろう。 ベッドに上がってみると、覆いかぶさってきそうな作品が間近に配置されていることで、本来リラックスできるはずの場所が一変、非日常的な雰囲気を纏う。布地に表現されているのは窓から見える空と建物の写真、そして本作品のタイトルにもなっている言葉“Somewhere, but nowhere”。空の部分にある「どこか(Somewhere)」の文字が、窓の外からの光を受けて際立っている。しかし、部屋の明かりをつけると「どこでもない(nowhere)」が浮かび上がった。不特定な「どこか」は空の向こうへ馳せる想いと繋がっている一方で、すぐに暗がりに埋もれて「どこでもなく」なってしまうようにも思える。

 ベッドサイドにはクリップで止められた紙片があるが、これは部屋の壁にあった傷の拓本だという。ものの表面に紙や絹を被せ、上から墨を打って凹凸を写しとるという手法だ。ベッド上の大きな物体に目を引かれがちだが、その向こうの壁紙には確かに傷がついている。部屋に刻まれた痕跡を探し照らし合わせるのは、その場所の歴史を調査しているようで面白い。

 ドア近くに目を移すと、空き地の看板を写した写真が貼ってある。なんのために立てられたかもわからない空白の看板に、戸田は自身の印刷した写真を二枚、貼り付けた。

 清掃で消されてしまうベッドのシワ、残り続ける壁の傷。空き地に立てられた看板と、そこには残っていない本来のメッセージ。戸田は、空間に刻まれる人の痕跡に着目する。しかし、その制作のプロセスそのものはむしろ新たに痕跡を「つくらない」「残さない」ものであるといえそうだ。というのも、今回の展示に当たってこの部屋に元々あった家具のレイアウトなどには全く手を加えていないのだという。206号室とは対照的に、作品はあくまで、従来の部屋にある空白にそっと差し込むように配置されている。

 戸田はインタビューにて、毎回新作を制作するというスタンスを明かしてくれた。また、いわゆるホワイトキューブではなく、日常の風景のなかに溶け込むような作品を製作しているのだとも語った。インスタレーションという手法は展示空間と密接に繋がっており、場所を移せば完全には成り立たなくなってしまう。その特徴は、戸田自身の「場所の文脈に合わせた表現」と呼応しているのだろう。

 私たちは日々、ある場所に身を置き、知らず知らずのうちに生活の痕跡を残していく。ここの作品は、そんな「どこでもないどこか」に積み重ねられた物語に気づかせてくれる。